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セレラ・ジェノミクス(セレーラ・ジェノミクス)
Celera Genomics
セレラ・ジェノミクスをゲノム情報サービスのトップ企業に育てたのは、ゲノム時代の「風雲児」とでも言うべきクレイグ・ベンターだ(2002年1月に社長を退任)。ベンターは米国立衛生研究所(NIH)を退職し、民間人の立場でヒトゲノム解析を推進。2000年6月には、NIH・ヒトゲノム研究所のフランシス・コリンズ所長と共に、官民共同の「ヒトゲノム解読宣言」記者会見に臨んだ。
セレラは、アプレラApplera社(2000年にPEコーポレーションから改名)の子会社。世界最大手の遺伝子解読装置メーカーであるアプライド・バイオシステムズの「兄弟分」にあたる。
2001年6月、バイオ製薬会社アクシス・ファーマスーティカルズAxys Pharmaceuticals(米カリフォルニア州)を買収すると発表し、本格的に新薬開発に乗り出した。2002年4月、セレラのゲノム情報データベースは、アプライド・バイオシステムズが独占販売すると、アプレラが発表。セレラは医薬品開発に全力で取り組むことになった。
■企業データ
URL http://www.celera.com
創立年 1998年
本社所在地 米メリーランド州
社長 
株式 公開・ニューヨーク証券取引所 CRA
従業員数 820人
売上高(2002年) 1億2090万ドル
純損失(2002年) 2億1180万ドル
■関連記事
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2002年1月23日 セレラ・ジェノミクスの損失が縮小
2002年1月22日 セレラのクレイグ・ベンター社長が退任
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2001年12月12日 セレラとメルクが骨粗鬆症プロジェクトの延長に合意
2001年12月4日 セレラがパラダイム・ジェネティクスに農業ゲノミクス部門を売却
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